『孫子』
戦争に勝つための指針を理論化した「孫子の兵法」。戦争でいかに効率良く勝利をおさめるかについて書かれている本書だが、これは現在の経済という戦争の地で戦う経営者がどのような経営戦略を打ち出すべきかに通ずるところがある。
解説
「孫子」が戦争本として異例な部分として3つ特徴があげられる
- 戦争をしないことを目指していること
- 現実主義的であること
- 主導権を握ることを重要視していること
計萹
道、天、地、将、法の5つの項目について敵と味方のレベルを比べることで戦わずして勝敗を予想することができる
道:政治の在り方
天:自然の状況、季節・気温・天気・自然災害など
地:土地の状況、道・地形など
将:将軍の能力
法:軍隊編成の法規や官職の治め方
戦争とは詭道である。敵に味方の状況を正しく認識させてはいけない。味方は敵の状況を正しく知り敵情に応じて効果的な策を打つ。
事前の目算で勝ち目が多いときは勝つ、勝ち目が少ない、もしくはない時は負ける。無謀な戦争を仕掛けてはいけない。徹底的な事前調査により勝てると判断した時だけ仕掛けるべき。
作戦萹
戦争を長期化させてはいけない。戦争が長期化して国家に利益をもたらしたことは今までにない。
戦争の損害を知らないものは戦争の利益についても知らない。戦争の損害についてしっかり考えるべきである。
感情のために敵兵を殺してはいけない、利益のために物資を奪い取れ。降参した兵を利用して自軍を増強するべき。
諜攻萹
戦わずして勝つのが最善で、戦って勝つのはこれに劣る。100戦100勝は最善とは言えない。
戦争時の作戦ランキング
- 敵側の陰謀を打ち破る(相手のやりたいことをやらせない)
- 敵の連合国軍との外交関係を破る
- 敵の軍を倒す
- 敵の城を攻める
弱者が根性論で強者に向かっていくのは強者の思う壺であり愚策。味方より敵の方が強いのならば逃げろ、隠れろ。
勝利のための5原則
- 戦うべきときと戦わざるべきときをわきまえる
- 強者と弱者それぞれの戦い方を知る
- 上下の人が同じ気持ちを持っている
- よく準備を整えて油断している敵に攻撃する
- 将軍が有能で主君がこれに干渉しない
敵の状態を知って、味方の状態を知っていれば、百戦戦っても負けることはない。勝てるではなく負けないという表現であるのが孫子で一貫している考え方である。
形萹
戦いが上手い人は自陣を堅めて待ち、敵が自滅するのを待つ。防御を目指すと兵力がに余裕ができるが、攻撃を目指すと兵力が足りなくなる。よって、負けない形を作って敵の隙をうかがうべし。
勝つ軍は開戦前に勝つことをシュミレーションできた上で戦争を仕掛けるが、負ける軍は戦争をはじめたあとで勝利のプランを練りはじめる。
勢萹
戦いの上手い人はひとりひとりの人の資質に頼らずに、総体的な軍の勢いによって勝利を目指す
戦いの形は水の流れのように固定した形を持たず流動的な無形なものである
虚実萹
主導権を持つことは重要である。相手を思いのままにして、自分は相手の思いどおりにはさせない。
先に戦場にいて敵を待っている方が、後から戦場に駆けつける方よりずっと楽である。
軍の形は無形であるべき。
軍争萹
相手より後から出発して相手より先に着く「遠近の計」を知るものが戦争に勝つ。
初期状態として100人の兵士を連れていたとして、百里先で戦いを起こすとそこまで行き着くのは10人、五十里先で戦いを起こすとそこまで行き着くのは50人、三十里先で戦いを起こすとそこまで行き着くのは67人。
戦争は敵の裏をかくことが重要であり、利のあるところに行動し、分散や集合の形など様々な変化の形をとるものである。つまり、風のように迅速に進み、林のように息を潜めて待機し、火の燃えるように侵奪し、暗闇のように分かりにくく、山のようにどっしりと落ち着き、雷鳴のように激しく動く。いわゆる風林火山陰雷。
九変萹
常法にこだわらず臨機応変に取るべき9つの戦略
- 高い丘にいる敵は攻めてはいけない
- 丘を背にして攻めてくる敵を迎え撃ってはいけない
- 険しい地勢にいる敵には長く対応してはいけない
- 偽りの誘いの退却は追いかけてはいけない
- 鋭い気勢の敵兵を攻めてはいけない
- こちらを釣りにくる餌の兵士には食いついてはいけない
- 母国に帰る敵軍を引き止めてはいけない
- 包囲した敵軍には必ず逃げ道を開けておく
- 進退が極まった敵をあまり追い詰めてはいけない
頭の良い人間の考えは必ずメリットとデメリットの両面性を考える。
将軍の性質が原因で負ける5つの理由
- かけひきを知らず必死なこと→殺される
- 生きることばかり考えてて勇気がない→捕虜にされる
- 気短かで怒りっぽい→軽視される
- 利欲のないバカ真面目→騙される
- 兵士を愛しすぎてしまう→兵の扱いに苦労する
行軍萹
戦場では敵を観察してどのような行動を取るのか推測を立てることが重要である。
恩徳でなつけて、刑罰で統制をするのは必勝の軍の在り方
地形萹
地形の特徴を認識して、その地形にあった戦い方をするべき
兵士を労わること、愛情を持って接することは良いことだが、可愛がるばかりで命令をせず、刑罰も与えないでいるとその兵士は我がままな子供のように使い物にならない
味方に十分な力があったとしても、相手も力を持っていたとすれば必ず勝てるわけではない。敵も味方も環境も全てを知った上で戦いを起こさなければいけない。
九地萹
地勢の特徴を認識して、その地勢にあった戦い方をすること
仲の悪い2人の人を協力させるには、戦うしかない状況に置くことである。仲の悪い呉の人と越の人でも同じ船に乗って大嵐にあった場合は息を揃えて協力するはずである。
火攻萹
戦果のない戦争をしてはいけない。だらだらと戦争を続けることにも価値はない。
感情に任せて戦争を起こしてはいけなくて、利益のためにのみ戦争は起こすべき。
有利な状況であれば戦争を起こし、有利な状況でなければすぐさま撤退する。
怒りは時間によって忘れることができるが、滅んだ国は2度と立て直しが聞かず、死んだものは2度と生き返らない。だから感情で戦争をしてはいけない。
用間萹
敵を知るためには人を頼る。スパイを使ってこそ敵の状況を正しく知ることができる。
殺したい人や倒したい城・軍隊があったらその重要人物の姓名を知り、スパイを使って徹底的に調査させる。
ひとこと
「孫子」から学んだ戦略において特に大事なことは4つ
- 行動を起こす前に自分、相手、環境について徹底的に分析すること
- 勝てそうな戦いを絶対に負けない方法で速やかに勝利を収めること
- 自分の戦略・本性を相手に知られないこと
- 感情ではなく、成功率と成功した時の利益を考えて行動を決めること
戦争に関する本なのに戦争中に関することよりも前準備や戦争を避ける方法について書いてあるのが興味深い。負けたら終わりの世界なので絶対に負けない方法を考えるというのは当たり前として、確実に勝てる時や追撃により得られるものがある時でもその想定利得と被害の大きさを考慮した上で判断するというのが勝つことではなくて利得を高めることを目的としていて戦争本では無いなと感じた。
利得はざっくり言うと「勝った時の利益×勝率+負けた時の損失×(1-勝率)-費やした時間・費用」のように書けるが、見積もりを立てるビジネス世界では無いだろうが普段の生活では最終項は見落としがちだから気をつけないといけないと再確認した。機会損失の考え方に近いものだがうっかり忘れがちなので。
せっかく漢文の資料なので書き下し文のままの形で孫武の思考や価値観が表れた有名なフレーズを味わいたい。これは情緒の問題だけではなく、文章よりもフレーズとして見た方が頭に入りやすいという実利的な面もある。
- 彼れを知りて己れを知れば、百戦して殆うからず
- 凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るはこれに次ぐ
- 勝兵は先に勝ちて而るに戦いを求め、敗兵は先じ戦いて而る後に勝を求む
- 人を致して人に致されず
- 其の疾きことは風の如く、其の徐かなることことは林の如く、侵略することは火の如く、知り難きことは陰の如く、動かざることは山の如く、動くことは雷の如くにして、
- 夫れ呉人と越人との相い悪むや、其の舟を同じくして済りて風の遇うに当たりては、其の相い救うや左右の手の如し
- 百戦百勝は善の善なるに非ざるなり
- 窮寇には迫ること勿れ
- 兵とは詭道なり
- 憤りを以って戦いを致すべからず
- 敵を殺す者は怒なり、敵の貨を取る者は利なり
- 始めは処女の如くにして、後は脱兎の如くにして