『ユートピア』トマス・モア
イギリスの制度・社会への批判として描かれた世界中で最善の国家であり、真の共和国である”どこにもない国”「ユートピア」を味わう。
「ユートピア」を旅したヒスロディについて
私(トマス・モア)が世界中を旅して多くの知見を持つヒスロディに対してその優秀な頭脳を持って王に仕えてイギリスを救ってくれと懇願するがヒスロディは拒否する。
ヒスロディが拒否した理由は、
- 王様に仕えるのは奴隷として働くようなもの
- 王様と側近は戦争のことばかり考えていて、ヒスロディが平和の維持や福祉の増大について助言しても聞いてもらえるわけがない
ヒスロディはイギリスの社会・制度の問題点の1つとして「窃盗が死刑」であることを挙げる。
- 犯した罪と刑罰の重さが違いすぎて正当な法律であるとは言えない。窃盗犯と殺人犯、謀殺犯が同じ刑罰を受けるというのは明らかに道理に合わない。
- 盗みの原因は貧乏であり、厳罰化では一切関係しない。貧乏は現在の社会構造によって引き起こされたものでありその被害者を死刑にするのは不誠実な国家である。
- 貴族や紳士などの金持ちが羊の飼育で多く儲けるために百姓の土地を奪って迫害している。結果として困った百姓が盗人化して死刑になっているという現状がある。
これらを枢機卿に進言をしても特に意味は無かった。
ヒスロディは、プラトンの「国家」に由来する考えとして
- あらゆるものの平等が確立されることこそが大衆の幸福への唯一の道
- 私有財産を持っている限り平等は起こりえない
というものを持っている。これを実行していて、かつ平和と高い生産性を維持している「ユートピア」という国についての詳細を私(トマス・モア)に紹介してくれるという体裁で「ユートピア」についての諸々が語られる。
以下の章でユートピアの性質のうち特徴的でトマス・モアの思想が現れているものをいくらか紹介する。
地形・都市の形態
- 独立した島国であり入国の水路はユートピア人しか知らない。正規以外のルートで入ろうとすると元々の自然に人口的に手を加えた強固な水流による要塞によってどんな大海軍でも全滅する。(つまり外敵に対して極めて安全)
- 54の都市が存在して、都市の形態は地形が許す限りなるべく同じように建物などを設計する
政治
- すべての物資が平等に分配される
- 54の都市すべてで言語、生活様式、制度、法律が同様
- 各都市は都会と田舎があり、田舎では40人程度の農場住宅を立てる。田舎に2年間滞在した人は半分(20人程度)が都会に行き、都会から同人数の人が来て入れ替わりをする。これは農耕がやりたい人は農耕をして、そうでない人は他のことを仕事にできるようにするための仕組み。
- 都会では14歳前後の子供の数を一定に保つことで人口調整を行なっている。
- 病院・医療に注力している。どれだけ病人が増えても決して混み合わないような大きな病院を作り、のびのびと暮らせるようになっている。また医療機器や腕利きの医師が常駐して対応してくれる。
- 市議会か選挙場以外で政治に関する協議をした者は死刑。人民の弾圧、陰謀の企みの防止が目的。
- 市議会での議論ではどんな議題であっても提案された当日中に決定することはせず次の市議会まで決定を先延ばしする。これは咄嗟の考えによる決定の防止、体裁のために意地だけで理屈を付けることの防止が目的。
仕事・学業
- 全ての人が基本の農業に加えて毛織業、亜麻織業、石工職・鍛治職・大工職の中からひとつの特殊労働に関する知識を学ぶ
- 労働時間は一律6時間。他国と比べて労働時間が少なく見えるが、他国では働いていない者(女、貴族、乞食)が多く、このような人間を作らず全員働くことで生活品、文化品共に十分な量を生産できる。
- 学業は一部の選ばれた人だけが義務として学ぶ。
- ユートピア人は哲学者の名前をひとりも知らないが、音楽・論理学・算術・幾何学には詳しい。
- 占星術など人を誑かす占いの類は誰も夢想すらしたことが無い。
金
- 金銀は便器か奴隷の手枷・足枷など汚いものや身分の低い者の飾りに使う。ユートピア人がそのもの自体に価値がほとんど無い金や銀に興味を持ち私利私欲による行動を取ったり、戦争や外交に際して他国との交渉のための金銀を没収した時に強く抵抗することが無いように習慣付けさせる聡明な策略である。実際にユートピア人は金銀を抵抗なくあっさり投げ捨てる。ユートピア人に取っては人間によって使われることによって価値を持った金銀が人間自体よりも優先されている他国の現状を理解できない。
- 金に関しても私有のものは一切無い
生活
- どの家も表口と裏口の2つがあり、鍵など閉めず入ろうと思えば誰でも入れる。これは家の中に私有のものがひとつもない政体による。
- 衣服は全都市で同じような型で、見た目がさっぱりしていて、動きやすく、夏でも冬でも適したものをずっと着ている。特に仕事中は7年間持つような丈夫なものを着ている。服を多く持っていても寒さを防げるわけでもないし、見かけがよくなるわけでもないという思考によりごく少数しか服を持たない。
- 昼食と夕食は市民が全員集まって会館で食事を取る。座席は若者と高齢者が交互になるように割り当てられる。これは高齢者の態度と存在が若者の自由奔放な行動を抑制することを期待して、また高齢者から料理を配るのを見せることで高齢者の威厳を保つため。
交際・結婚
- 夫婦の契りを破ることは重罪で奴隷刑
- 結婚相手を選ぶ際はお互い全裸を見えあって特に男が女を選ぶ際に肉体上の欠陥にあとで気付いて後悔するというリスクを無くす。
- 結婚には市議会の了承が必要
法律
- 法律の数がごく少数。いたずらに量が多く、難解で何を言ってるか分からない法律で市民が縛り付けられるのは不合理である。法律は明白であるほど公正なものである。
- 法律を理解することは市民の義務を理解することであり、義務を思い出すことができない理解できない法律は存在価値がない。
- ユートピア人は皆自国の法律に詳しく、裁判において悪知恵を働かす詭弁家である弁護士はいない。
- 死刑よりも奴隷による労役を課すことで国に対する利益を生み出す
- 犯罪は実際に犯したものと、企画し他もので全く同じ扱い
奴隷
- 生き物を殺すなど不浄の仕事は全て奴隷にやらせる。
- 戦争敗戦国の市民、奴隷の子供、他国の奴隷を奴隷にしない。
- 奴隷になるのは①自国の凶悪犯罪者②他国の死刑宣告を受けた罪人③他国の奴隷のうちユートピアの奴隷を志願する者だけ
戦争
- 戦争をする理由は3つだけ、①自国を守る②友好国への侵略者を撃退する③友好国民を圧政から救う
- 友好国への対する不法行為に対してはそれが金銭問題でも責任を追求するが、自国にへの不法行為は身体的に暴力を加えられない限り貿易中止程度の仕返ししかしない。ユートピアにおける財産の損失は国民の有り余る共有財産の損失でしかないから気にしないが、友好国による不法行為によって友好国と取引していた商人が受ける損失は個人によるもので被害が大きいので厳しく追及する。
- 自国民はなるべく戦わず傭兵を雇って戦う。傭兵に費やす有り余る金、銀でありお金を出すことには一切惜しまない。国民の命の方が金よりよっぽど大事である。
- ユートピア人は善人は善用、悪人は悪用しようという思想を持つので悪人である傭兵の命を落とすことはむしろ悪人の排除による世界貢献であり、報酬も浮いてラッキーと考えている。
- 戦争終了後に力を貸した友好国には一切支払いを要求せず敗戦国に全額賠償させる。
外交
- 外国とは同盟を結ばない。
- 人間は条約による同盟よりも愛と寛裕、誠意によって強く結ばれるという信念を持つ。
- 外国に然るべき時に返済をしてもらうという約束でお金をどんどん貸し与える。しかも返済要求することは戦争でお金が必要になる時だけ。
- ユートピア人は金銀を求めないので貿易商人は滅多にこない。
宗教観
- 唯一の神ミスラの存在を信じるという点では一致しているが、神に対する解釈は個人次第。
- 好きな宗教を信奉することや他人に自分の宗教を平和的に勧めることは合法だが、他の宗教を非難攻撃したり、暴力によって改宗を迫るのは追放か奴隷刑。宗教争いは平和を破壊するものとユートピアの王は理解している。
- 快楽を享受すること、楽しい生活を送ることを善とみなす。ただし自然に喜びを感じるような快楽に限る。
- 隣人のために親切にして、隣人が楽しく生きるための助けをすることが善ならば自分に対して親切にして、楽しく生きることも善で無いとおかしい。
- 快楽には心の快楽と身体の快楽があるがユートピア人は心の快楽を重視する。心の快楽は、瞑想をする、徳のある行動をとる、良い生活をしている自覚などで得られる。身体の快楽で最も上位に位置するのは健康体であること。
- 快楽の裏には苦痛がある。飲食による快楽の裏には飢餓による苦痛がある。快楽を多く求めると必ず苦痛も伴い、苦痛は快楽よりはるかに強力なので快楽を求めすぎないほうが良い。
ヒスロディの主張
- ユートピアこそが最善の国家であり、唯一真の共和国の名に値する国
- 何ものも私有でない国では公共の利益が熱心の追求される
- 貴族や金属商人、娯楽の創案者などに多額な報酬を支払い、本当に生活に必要なものを生産する労働者を冷遇するのは不正で不人情な国家である
- 不合理な法律の力によって正義の名の下で金持ちは不正行為により貧乏人から搾取している
- 貨幣がなくなれば平等になる
ひとこと
当時の歴史的背景をよく知らないので現代人の私から見ると本書で書かれる共産主義の成れの果てのような国には「ユートピア^^ ディストピアじゃん^^」という感想だが、この本が社会主義や共産主義の概念が確立されるよりずっと前の1516年に書かれたということを考えると見方が変わってくるのかなと思う。また資本主義の発展の要因を取り上げてユートピアの特徴と見比べてみたい。特に金という実体の無い虚構に対する捉え方は資本主義の発展を語る時と平等な理想郷を語る時では大きく違うものでメリット・デメリット今一度挙げてみるのは面白いだろう。
現実性の無い理想論を掲げた話だが勉強分野や金銀の評価の面では超理論的な思考を愚直に実践しているという点は矛盾が感じられて面白い。